ケンタ|カーネル・サンダース似の教師

2026/09/28

雑記

中学校の理科の教師

中学校のころ、カーネル・サンダースによく似た教師がいた。白髪で鼻ひげをたくわえ、黒縁の四角いメガネをかけており、身長170㎝以上のがっしりとした体型だった。

しかも、理科の教師であったので、いつも白衣を着ていた。そのため、ケンタッキーフライドチキンの店にある、本物の立像の代わりに立っていても、誰も気付かないのではと思えるほど瓜ふたつであった。さすがにステッキまでは持っていなかったが…。

小中学生は、よく先生にあだ名をつけるものだが、この先生の場合、言うまでもなく「ケンタ」と名づけられた。他のあだ名をつけようがない。生徒全員、全会一致の決定である。この「ケンタ」というあだ名が広く流通していたため、仕舞いには本当の名前が何であるのかわからなくなった。それほど、ぴったりなあだ名であった。

似て非なるもの

姿形が似ていても似ていないところがある。

カーネル・サンダースのフライドチキンは美味しいが、ケンタの授業は不味いのである。
カーネル・サンダースが苦心の末、作り上げたフライドチキンはハーブやスパイスを絶妙なバランスでブレンドした世界に1つしかない味であるが、ケンタの授業は何の工夫もなく、つまらないどこにでもある味である。


そもそも、教え方が下手なのである。ケンタの45分間の授業を受けるのなら、教科書と参考書でも読んで自分で勉強した方がましだ。それに、アメリカ人なのに(アメリカ人ではないが……)、ユーモアのかけらもなく、授業には笑いがない。


授業の開始前あるいは授業中、我々が無駄話をして騒いでいると、ケンタはいつも「語んな(かたんな)‼️」(しゃべるな、という意味)と鹿児島弁で怒鳴る。
ケンタの授業で、覚えているのはこの「語んな‼️」というセリフのみである。

ケンタの車

ケンタの車は白の軽トラックである。いつもこの愛車で、中学校まで来る。トラックではあるが、荷台には何も積んでおらずいつも空っぽであった。
わたしはこの車をケンタカーと呼んでいた。


農業とかしていない限り、普通の人間は軽トラックなどには乗らない。いったい、ケンタは自宅で何をやっているのだろうかと、同級生は皆、疑問に思った。ひょっとしたら、養鶏場を経営していて、ケンタッキーフライドチキンに若鶏を納入しているのだ。軽トラックはそのためのものだという噂まで飛び交った。

「世界一受けたくない授業」の教師

同じ中学校で、いつも苦虫をかみつぶしたような顔をした東先生というのがいた。社会の教師で、ケンタと違って、こっちは名前を覚えていた。
この先生の笑った顔を3年間の中学生活の中で一度も見たことがなかった。家庭内の不和など何らかの問題を抱えているに違いない。


当然のことながら、授業も最悪である。決して、怒ったり、生徒に体罰を加えたりとかする厳しい先生というわけではない。例の不機嫌な顔をして授業中、ずっとしゃべって説明している。
声のトーンが高く実に耳障りである。教室内にその読経のような声が響き渡り、お通夜のようにしーんとしている。教え方はケンタと同様、下手くそである。


もちろん、笑いなどあるはずもない。なぜなら、本人が笑わない人間であるから。絶対に「笑うセールスマン」にはなれまい。
45分の授業が45時間にも感じられた。この先生の授業は、まさしく「世界一受けたくない授業」であった。

ケンタと世界一受けたくない授業」の教師との関係

ケンタと東先生は実は仲がいいらしい。

というのも、二人が例のケンタカーで一緒に帰る現場を何度も目撃しているからだ。ケンタが運転席におり、東先生が助手席にいる。さすがに、二人乗りの軽トラックは窮屈で、お互いの肩と肩とが触れそうである。狭い空間に我が中学校の二大名物教師がいる。その様子をみていると、なぜか微笑ましくなってしまう。


ケンタカーの中で、二人は何かしゃべっている。東先生はいつものように笑顔はないが、幾分、顔がほころばせているような気がする。さすがの東先生もこのケンタだけには心を許しているのだろうか❓

二人の会話❓

ところで、車内での二人の会話はどういうものなのか❓
非常に興味があって、つい想像してしまう。例えば、こういうのはどうだろうか⁉️


東先生「ところで、先生は本当にカーネル・サンダースによく似ていらっしゃいますね。」

ケンタ「こりゃどうも、照れますね。おかげで、生徒にも大人気ですよ。」

東先生「いやあ、私もあやかりたいですな。」

ケンタ「それじゃ、いつもの私の店に行きますか。」

と言いつつ、ケンタッキー・フライド・チキンへ軽トラックを走らせるケンタであった。

あとがき

…と、冗談はここまでで、これからはまじめな話。

ケンタッキー・フライド・チキン

カーネル・サンダースがケンタッキー・フライド・チキンの会社を設立したのは65歳であった。
それより以前、カーネル・サンダースはレストランを経営しており、その時の人気メニューであったフライドチキンをもとに事業を開始した。
それらは⤵️の本を読めば分かる。

Amazon.co.jp

ぼくのフライドチキンはおいしいよ あのカーネルおじさんの、びっくり人生

カーネル・サンダース - Wikipedia

カーネル・サンダース - Wikipedia

undefined

Powered By Blogger

📝お知らせ

このブログはGoogle Blogger(ブロガー)で作成してあり、
WordPress(ワードプレス)で作成した
メインブログ|神聖ブログ帝国のサブブログである。

メインブログは、こちら⤴️をクリックして開く。※ただし、2025年5月で更新が止まっている❗

🔎ブログ内検索

🌐Wikipediaで検索

検索結果

🧲固定された投稿

🔰HTML・CSS、その他設定など【備忘録】

QooQ