『鹿児島市の昭和』、『鹿児島・日置の100年』

2026/09/22

かごしま

ブックスミスミでのチラシ

2026年(令和8年)2月、オプシアミスミの本屋 ブックスミスミに行ったら、 写真のような「鹿児島市・日置市の昔の写真を探しています」というチラシが置いてあった。

『写真アルバム 鹿児島市の昭和』

すぐにこれは、2016年(平成28年)12月に出版された『写真アルバム 鹿児島市の昭和』の第2弾用の写真募集チラシだと分かった。
当時、自分はこの本をジュンク堂書店で予約して、9,990円で買った。

樹林舎は名古屋の出版社。「地域」の本をつくります。

今後の刊行予定

樹林舎

写真アルバム 鹿児島市の昭和

古い写真を求めて

チラシに「写真採用の方に完成本を1冊謹呈いたします。」とあるので 家中の写真アルバムを探してみた。
ところが、家にあるのは人物の写真だけで、この手の本に採用されそうな歴史的価値のある写真は一枚も見あたらなかった。

それもそのはずである。
今ではスマホで気軽に写真を何枚でも撮ることができるが、
当時としてはカメラ自体が高く、それにフィルム代、現像代といろいろお金がかかるのでよっぽどカメラ好き以外はめったに写真なんて撮らなかったからだ。
少なくとも両親には写真撮影の趣味はなかった。

それで仕方なく、タダで貰うことは諦めた。

『写真アルバム 鹿児島市の昭和』の中古本

2026年(令和8年)3月、BOOKOFF 国分店に行ったら、『写真アルバム 鹿児島市の昭和』が5,250円で売られていた。もちろんすでに持っているので買うことはなかった。
⚠️BOOKOFF オンラインストアだと4,840円で売られていた。 ただし、2026年(令和8年)9月下旬現在。
写真アルバム 鹿児島市の昭和 中古本・書籍 | ブックオフ公式オンラインストア

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それから

それから約半年が経った2026年(令和8年)9月中旬、知り合いから南日本新聞の折込チラシに『写真アルバム 鹿児島・日置の100年』があったと連絡を受けた。
自分は南日本新聞を購読していないので知らなかった。
今回、買おうか買わないか迷った。9,990円は安くはない買い物であるからだ。
でも、結局のところ、予約して購入することに決めた。

ブックスミスミにて

入口の目立つ場所に次のとおり、展示されていた。
見本が置いてあって開いてみたら全く知らない場所の写真ばかり⁉️
タイトルを見たら『尼崎市の100年』だった‼️

ジュンク堂書店にて

エスカレーターを上がったところに次のとおり、展示されていた。
結局、前回同様、ジュンク堂書店で予約した。受取の際、家から近いからだ。

『写真アルバム 鹿児島・日置の100年』

店頭チラシ 2026

メディアでの紹介

「これ動物園だった?」母が遺したアルバム――正装して出かけた山形屋 遠かった鴨池…”蘇る昭和の鹿児島”(2026年5月2日掲載)|KYT NEWS NNN

「これ動物園だった?」母が遺したアルバム――正装して出かけた山形屋 遠かった鴨池…”蘇る昭和の鹿児島”(2026年5月2日掲載)|KYT NEWS NNN

「これ動物園?動物園ですよ鴨池動物園」 「こちらが焼失して今の場所に本店を移した」

【参考】『写真アルバム 鹿児島市の昭和』のチラシ(2016年(平成28年))

南日本新聞折込チラシ 2016-❶

南日本新聞折込チラシ 2016-❷

南日本新聞折込チラシ 2016-❸

店頭チラシ 2016

(番外編)個人的にこんな写真が残っていたらいいなリスト

※すごくマニアックなものばかり

西郷隆盛木像(上野の銅像の原型)

南洲神社にあったもの(1945.7.31 空襲で焼失)絵葉書の写真でしか見たことない
★うちの父と伯父は実際に見たことがあるという
鹿児島の西郷隆盛像。 : 高村光太郎連翹忌運営委員会のblog

鹿児島の西郷隆盛像。 : 高村光太郎連翹忌運営委員会のblog

昨日の『南日本新聞』(本社・鹿児島市)さんに光太郎の父・光雲の名がちらっと出ました。写真ないのに西郷像はどう作った? 彫刻家・安藤照が残したミステリー、元鹿児島市立美術館長が制作過程を著書で解き明かす 元鹿児島市立美術館長の大山直幸さん(71)が「西郷隆

西郷隆盛銅像

●製造中の様子
●除幕式の様子|いちおう県立図書館に写真は残されているが、もっと鮮明なものを。

鹿児島湾での真珠湾攻撃演習

★これもうちの父は実際に見たことがあるという
※超機密事項なので、たぶん写真はないはず
真珠湾攻撃のために「とんでもなく高度な訓練」が行われていたのをご存知ですか?

真珠湾攻撃のために「とんでもなく高度な訓練」が行われていたのをご存知ですか?

太平洋戦争の戦端を開くことになった真珠湾攻撃。じつは、その攻撃は難易度が高く、高度で困難な訓練を要するものだった。実際に攻撃に参加した、北原收三さんが残した日記から、その実態を浮かび上がらせる。*本記事は、大島隆之『真珠湾攻撃隊 隊員と家族の八〇年』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。

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岩崎谷荘

皇族や芸術家が愛した絶景の名旅館 元女将が見た昭和天皇の素顔:朝日新聞

皇族や芸術家が愛した絶景の名旅館 元女将が見た昭和天皇の素顔:朝日新聞

 鹿児島市の城山のふもとにあった旅館「岩崎谷荘」は、皇族や芸術家らも泊まる昭和の名旅館だった。女将(おかみ)として33年間、宿を切り盛りした永井麗子さん(93)が、市内であったトークイベントで昭和天皇…

kag192-Iwasakl Ryokan 旅館 岩崎谷荘 鹿児島

kag192-Iwasakl Ryokan 旅館 岩崎谷荘 鹿児島

kag192-Iwasakl Ryokan 旅館 岩崎谷荘 鹿児島

暗渠化される前の滑川

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滑川(鹿児島市)の暗渠となった川筋を探索せよ! - 嶺と轍 |peak & ride

滑川(鹿児島市)の暗渠となった川筋を探索せよ! - 嶺と轍 |peak & ride

鹿児島市内を流れる「滑川(なめかわ)」の暗渠(あんきょ)部分から、その水源までを遡る約4キロの探索記録をお届けします。 ■ 桜島フェリー岸壁の河口から滑川通りへ まずは滑川が海へと注ぐ河口付近、桜島フェリーの岸壁エリアから探索をスタートします。 この写真の中央にある岸壁の穴こそが、滑川の河口部分です。ここから滑川通りを進み、かつての川の痕跡を探しながら内陸へと向かいます。 市街地に入ってしばらく歩くと、「滑川」の交差点標識を発見しました。この道は「滑川通り」と呼ばれています。通りの下を川が流れています。 また、町の名前は「小川町」。川の姿は見えなくても、交差点名や通り名としてその名前がしっかり…

暗渠化される前の鹿児島高校前の川(名称不明)

埋め立てられる前の名山堀(市役所前 みなと大通り)

名山堀=1958(昭和33)年4月■堀の上に立ち並ぶ住宅

名山堀=1958(昭和33)年4月■堀の上に立ち並ぶ住宅

鹿児島市役所の海側(電車通りを含む)にはかつて、易居町一帯と名山町の北半分を取り囲むように堀割が巡らされていた。それが地名として残ったのが「名山堀」だ。みなと…

稲荷町⇔吉野町の陸橋が建設される前の道路の写真・建設中の写真

【写真】トンネル抜けると“地獄”=1970(昭和45)年11月24日■急行列車がダンプに衝突、2人死亡

【写真】トンネル抜けると“地獄”=1970(昭和45)年11月24日■急行列車がダンプに衝突、2人死亡

国鉄日豊線の急行列車が、線路に転落したダンプに衝突。2人が死亡、30人以上が重軽傷を負う大事故となった。宮崎発山川行きの急行「錦江1号」が鹿児島市の鳥越トンネ…

建設中の橋桁が一部見える

長田陸橋にあった、泉公園に移設前の五代友厚銅像

五代友厚銅像

五代友厚銅像

長田陸橋袂(たもと)とあることから、「橋の両端で陸地と接している、すぐそばの場所」である。
どこに設置されていたのか疑問である。

南日本新聞社ビルの地下街の写真

市役所前にあったときの南日本新聞社ビルの地下街の写真、および
電車通り側歩道からの地下鉄のような入口(あったような、なかったような❓)

今はない店舗の外観・店内の写真

十字屋、MBCサービス、ベスト電器鹿児島本店、春苑堂書店等の本屋の外観・店内の写真
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